中山明峰先生 中日新聞掲載コラム

中日新聞・医療コーナー「Dr.’sサロン」 中山明峰先生 コラム掲載分

レム睡眠行動障害とは 2022.2.1.

 睡眠中に暴言を吐いて、隣で眠るベッドパートナーを殴ってしまう。場合によっては、壁に穴を開け、本人がけがをすることも。睡眠中の異常行動全般を指す「睡眠時随伴症」。その一つ「レム睡眠行動障害」が注目されている。
 睡眠は、レム睡眠とノンレム睡眠に分かれる。レム睡眠は夢を見ている時間帯で、体は脱力している。夢で起きたことが体の動きに現れないようにするためだ。この生理現象が壊れてしまっているのがレム睡眠行動障害だ。

 症状は寝言程度で始まることが大半。パーキンソン病やレビー小体型認知症患者の約半数が合併しており、この障害が見られたら何らかの神経疾患に移行する可能性がある。ただ、どの程度が次の神経症状に移行するかは不明だ。
 大学時代、この疑問を解決しようと仲間と研究に明け暮れた。国際学会で、寝言が出る段階から既に微細な脳の障害があったと発表し、仲間とともに賞も頂いた。

 この障害は年配者に多く見られる。年齢を重ねたことで脳の神経に変性が起きると考えられるからだ。平均寿命が伸び続ける中、患者は今後も増えると予想できる。
 対症療法としての治療薬はあるが、もっとも重要なのは長期間の経過観察。長寿社会になったことで、過去に経験したことない症状に頭を抱える。医療者もその変化に向き合う必要が生まれている。

耳石の病「なぜ」を追求 2021.12.14.

 寝返りを打った時や朝起きようとした瞬間に突然、天地がひっくり返り、目の前がぐるぐる回る。そんな症状が出る良性発作性頭位めまい症(BPPV)は嘔吐する場合も多く、患者は脳出血でも起こしたかと苦しむ。
 内耳の前庭という所に多くある「耳石」が剝がれ、平衡感覚をつかさどる三半規管に入り込むことで発症する。耳鼻科医であれば、すぐさま「安心してください」と言うだろう。耳石を元の位置に戻すリハビリが確立されているからだ。

 湾岸戦争後に米国留学していたころ、ある学会でBPPVの治療法を報告した開業医に出会った。リハビリでめまいを改善するという内容は衝撃的で、「開業医の妄想」としてほとんど相手にされなかった。後に標準的な治療法となる「エプリー耳石置換法」を考案したJohn・Epleyイプリー(ジョン・イプリー)先生との出会いだ。

 彼の学説に魅了され、共同研究に携わったほか、世界にこの治療を広めるために奔走した。彼は昨年、この世を去ったが、今、エプリー法を知らない耳鼻科医はいない。
 次の課題はなぜ起こるか。ここを深く考えないと医療は進歩しない。就眠に関連して起きやすいこの疾患は、めまいと睡眠を同時に追わないと難しそうだ。両者を専門とする私にとっても難題だが、答えはぼんやり見えてきている。

苦境下挑戦する飲食店 2021.9.21.

 台湾の成功大で客員教授を務めており、例年、何度か訪台してきた。最近はコロナ禍で行けず、本場の台湾料理を長く食べられていないのが大きなストレスだ。台湾人の多くは、中国南東部にある福建省沿岸の移民がルーツだ。特に成功大のある台南市は、清朝統治時代の首都で、日本で言えば京都。新鮮な海鮮をあっさりした味で食べる福建料理の特徴が色濃く、決して劇辛や濃い味付けをしない。素材の味を大切にする現地の文化は京料理にも通じるところがあり、恋しくてたまらない。

 先日、この好物にありつけない苦しさを発散しようと、名古屋のエスニック街の代表格、大須商店街を散策していたら、「台湾餃子」という看板を見つけた。餃子は中国東北地方の料理ではないかと思ったが、念のため、店外からメニューを確認。干し大根の卵焼き「菜脯蛋」。辛くない「担仔麺」。本場を感じる料理があった。聞けば、最近オープンした店で、台湾料理を愛するオーナーが、本場の味を知る機会を増やしたいと、あえて日本人に親しみ深い餃子を前面に出したそう。料理は、台湾の友人が来日したら連れてこようと思えるほどおいしかった。

 飲食店と医療者。どちらもコロナと戦い、この一年苦しんでいる。その中で挑戦し、新たな世界を切り開く店に巡り合えた。医療も負けられない。そう強く思った。

必要とされ還暦で開業 2021.8.10.

昨年、定年前に大学病院を退職したら周囲に驚かれた。語れない理由も多々、と想像するのは医療ドラマが好きな人だろう。当たらずも遠からずだが、還暦に近づいたというのが大きな理由だった。  還暦は、六十通りある十二支と十干の組み合わせが巡り、生まれた時と同じ暦に還ることだ。研修医のころは「じきにお迎えが来る年齢」と考えていたが、ついに自分もその年齢になってしまった。

 開業の跡を継ぐと期待していた両親を悲しませ、好きな研究を長く続けてきた。「五十歳を過ぎると、開業したくても銀行の融資は受けられず、体力もなくなる」。仲間たちは先輩にそう言われ、四十代のうちに次々と開業した。還暦直前の私には開業の選択肢はなく、退職後は診療所に勤めた。ただ、しばらくしたら診療所が規模縮小の方針を打ち出した。身の振り方を考えていたところ、診療所の代表から「援助するから、うちの睡眠医療分野を継承しないか」と驚くような誘いを受けた。

 男性の平均寿命は昔と比べて大きく延び、銀行の融資状況は大きく変わった。加齢による体力の衰えは努力次第で取り戻せる。幸い、経験は積んできた。何より気持ちを動かすのは、周囲の「必要としている」の一言。還暦からの起業は挑戦だが、必ず誰かの励みになる。そう信じて踏み出した最後の一歩。今は喜びに満ちている。

ゴッホもメニエール病? 2021.6.29.

 バン・ゴッホは自らの耳をそぎ落とし、数奇な人生を送ったポスト印象派画家だ。彼を精神疾患と分析する人もいるが、医学論文には、メニエール病に悩まされていた可能性を指摘するものがある。  メニエール病は、何らかの原因で内耳圧が高まる病気だ。発症すると耳鳴りと回転性めまいで嘔吐し、日常生活が送れなくなるほどの苦痛を伴う。有力な原因として考えられているのはストレスだ。

発症直前、耳に違和感を覚える場合がある。ストイックなゴッホには、それがストレスだった。後期に渦を巻く曲線を多く描いたのは回転性めまいの表れであり、苦痛が耳のせいと気付いた結果、そぎ落とした‐。専門医として考えても、この推測に矛盾はない。  この病気は生活習慣との強い関連が指摘されるが、実際に何が問題かは明確な答えが出ていない。そんな中、患者の睡眠脳波に異常があるとのデータを基に、睡眠改善を通じた治療の可能性を2010年に論文で示したところ、国内外から講演の依頼が相次いだ。
 遠方からの受診も増え、症状に悩む人の多さを実感した。国内の患者は数十万人ともいわれる。大学病院を去り、還暦も近づく中、のんびり過ごすことも考えたが、平均寿命が延びたなら、もう一働きするべきだろう。先週から名古屋駅前に「睡眠とめまい」の専門施設を設け、診療を始めた。

新たな「宿題」に挑む 2021.5.18.

長年勤めた大学病院を辞め、昨年七月から名古屋駅の百貨店内にある仁愛診療所へ身を寄せた。古くから睡眠医療に取り組んできた民間の医療機関だ。大学病院で身に付けた専門知識を生かし、広く社会に貢献したいと考えた。 診療所には、大学病院で診る以上に多種多様な患者が集まっていた。駅から近いという利便性もあるが、患者に寄り添い、診療し続けてきたからと思う。大学病院だからこそ特殊な疾患が集まる。そう考えていただけに驚いた。
「大学病院は紹介状が必要」「受付時間が短く、待ち時間が長い」「医療者の態度がよくない」。患者の声には耳の痛い話もあった。

大学病院が特定機能病院と呼ばれる理由は、医学の進歩に対応すべく全医療分野に専門医をそろえ、最新医療機器を備えていることにある。その上、医学教育を担う施設でもある。昔は誰もが気軽に大学病院を受診できたと思う。ただ、激務による医療者の離職が問題となっている今は、特殊な治療が必要な患者を優先する必要が生まれた。ハードルは上がらざるを得ない。

大学病院と診療所の双方を経験したことにより、このギャップを埋めることが患者にとって大切と気が付いた。還暦を前に老後をどう過ごすか考える時期だが、老体に鞭むちを打っても取り組むべき価値ある宿題を見つけた気がする。

睡眠医療ウィズコロナ 2021.4.6.

2015年から一年間、この紙面で睡眠をテーマにコラムを書いた。昨年六月まで勤務していた名古屋市立大の睡眠医療センターには、大勢の人が相談に訪れ、「悩み続けた睡眠疾患が解決した」と喜んでもらった。これを機に「ここからスタート!睡眠医療を知る」という本まで出版した。

あれから五年。国内で新型コロナウイルス感染症の症例が報告されて以来、私たちの生活は一変した。感染が広がるにつれ、「院内感染」「医療崩壊」という言葉も耳にするようになった。 名市大病院でも連日、幹部を集めて会議があった。出席者全員がコロナ対策に苦しみ、いら立つ中、コロナ専用病棟を設ける必要が出た。対象となったのは睡眠医療センターを含む病棟。睡眠医療の業務は昨春、一時停止となった。

私は当時センター長で、多くの部下や技師を抱え、先行き不安に苦しんだ。再開したところで、受診控えも予想された。コロナ対応の人員確保などで、予算や人員の削減を求められることも想像できた。幸い部下も育っている。年寄りから去るのがいい。そう考えて早期退職し、一般の診療所へ移った。 長引くコロナ禍。人々はどのようにこのウイルスと共存するのか。「ウィズ・コロナ」という言葉も日常的に使われるようになる中、睡眠医療はどう展開すべきか。一人の医療者として悩みは続く。

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